漫画家・池上遼一の現在とは?80代で進化する画力とヒットの軌跡
池上遼一のキャリアの原点は、若き日の下積み時代にあります。福井県で看板屋として働きながら描いた短編漫画『罪の意識』が雑誌『ガロ』に掲載された際、その才能に目を留めたのが水木しげる氏でした。
上京した池上氏は水木プロのアシスタントとなり、つげ義春氏らと共に背景や妖怪の作画を担当します。緻密な点描や自然物の質感描写など、水木プロで叩き込まれた基礎技術が、後の写実的な劇画スタイルの強固な土台となりました。
独立後は『週刊少年マガジン』で『スパイダーマン』のコミカライズなどを手掛け、劇画界の旗手として頭角を現していきます。貸本漫画から少年誌、青年誌へと時代の変遷を生き抜いてきた叩き上げの経歴が、線の説得力を支えています。