オウム平田信17年の逃亡劇、暴かれた潜伏の真相と残された闇
地下鉄サリン事件以降、警視庁は威信をかけて平田らオウム特別手配犯の追跡を続けた。全国の交番や駅に貼られた指名手配写真は、平成の日本において最も有名なポスターの一つとなった。しかし、情報提供の報奨金がつり上げられ、何千件もの目撃情報が寄せられながらも、決定的な手がかりは掴めないまま歳月が流れた。
そして迎えた2011年大晦日。平田は自ら警視庁本部を訪れたものの、警備担当者に悪質ないたずらと勘違いされ、丸の内署へ向かうよう促されるという異例の事態が発生した。17年間の逃亡劇にピリオドを打ったのは、執念の捜査網ではなく、東日本大震災を機に「これ以上他人に迷惑をかけられない」と観念した容疑者本人の出頭だった。この幕切れは、警察組織の初動対応や情報共有のあり方に大きな課題を突きつけるとともに、長期逃亡犯を追う難しさをまざまざと見せつけた。