京都北白川ラーメンの深層!元祖背脂醤油の歴史と名店徹底比較
京都のラーメン史を紐解く上で、白川通周辺を抜きに語ることはできません。この地が「京都背脂醤油ラーメン発祥」の地と呼ばれる最大の理由は、1948年(昭和23年)に屋台からスタートした「中華そば ますたに 本店」の存在にあります。同店が生み出した「ますたに元祖背脂鶏ガラ醤油」は、それまでの醤油ラーメンの概念を根底から覆す画期的な構造を持っていました。
当時の店主の手記や創業期の記録によると、物資が乏しかった戦後復興期、コクとエネルギーを求めて試行錯誤の末に辿り着いたのが、澄んだ鶏ガラ清湯に豚の上質な背脂を細かく振り落とす「背脂チャッチャ系」の原型でした。上層の甘みある背脂、中層の芳醇ですっきりとした鶏ガラ醤油、下層に忍ばせた一味唐辛子の辛味という「三層構造」のスープは、ひと口ごとに表情を変える重層的な旨味を実現しました。
さらに2005年、この北白川の地からもう一つの巨星が現れます。「魁力屋発祥の地北白川」として名高い「京都北白川ラーメン魁力屋」の創業です。ますたにが築いた背脂醤油のDNAを受け継ぎつつ、どこか懐かしく毎日でも食べられる味を追求した魁力屋は、瞬く間に全国へと店舗網を拡大しました。このように、伝統を頑なに守る老舗と、その遺伝子を現代的に昇華させた新勢力が同じストリートに共存することで、京都北白川ラーメン激戦区としてのブランドが確立されたのです。