朝鮮戦争で株価はなぜ急騰した?特需景気の真相と有事の資産防衛術
特需景気の恩恵をもっとも劇的な形で受けた象徴的な存在が、トヨタ自動車(当時はトヨタ自動車工業)です。
1950年春、トヨタは販売不振と資金ショートから深刻な経営危機に陥り、約1,600人規模の人員削減と創業者・豊田喜一郎社長の辞任という最大の苦境に直面していました。ところが、開戦直後の1950年7月、米軍からトラック4,679台という当時の生産規模からすれば天文学的な大口発注が舞い込みます。この特注によって工場は息を吹き返し、トヨタは倒産の危機を脱しただけでなく、生産設備の近代化を一気に進める原資を手にしました。
特需の恩恵は自動車産業にとどまらず、軍需・インフラ関連の幅広いセクターに波及しました。
- 繊維業界(東洋紡・鐘紡など):兵士の軍服、テント、麻袋(土のう用)などの大量発注により「ガチャマン景気(織機がガチャンと鳴れば万歳)」と呼ばれる空前の活況を謳歌。
- 鉄鋼・金属(八幡製鐵・富士製鐵など):兵器補修、ドラム缶、鉄条網用の鋼材需要が激増し、販売価格が数倍に跳ね上がるインフレ相場を形成。
- 海運・造船(日本郵船・三井船舶など):軍需物資や兵員輸送の活発化に伴い、世界的な船腹不足から運賃市況が暴騰。
- 防衛関連・工作機械:銃弾の薬莢、砲弾の信管、通信機器などの修理・製造を手掛けるメーカーが続々と息を吹き返しました。