歴史の誤解を解く。「隠れキリシタン」と「潜伏キリシタン」の決定的な違いと、2026年に迫る消滅の危機
世界遺産登録によって、長崎の教会群には多くの観光客が訪れるようになった。しかし、そこで語られるのは主に「潜伏」時代の美談や、美しい教会の建築美ばかりだ。ひっそりと消え去ろうとしている「隠れ」の精神文化には、十分な光が当たっているとは言い難い。
形ある教会堂は文化財として保護されるが、形を持たない「隠れ」の祈りやコミュニティの絆は、国の保護制度の枠組みに馴染みにくい。観光消費される歴史の裏で、生きた信仰の最後の灯火が消えかけている現実は、もっと知られるべきだろう。