『仁義なき戦い』モデル・美能幸三の真実!壮絶な経歴と獄中手記の全貌
1970年(昭和45年)、美能幸三は網走刑務所から出獄するにあたり、ある重大な決断を下します。それは「美能組の解散」とヤクザ界からの完全引退でした。血みどろの抗争に明け暮れた男は、刑務所の門を出た瞬間から裏社会との関係を一切断ち切りました。
引退後の美能は、故郷である呉市で実業家として再出発を図ります。木材関連の事業や不動産業、建設機械関連のビジネスに携わり、堅気としての生活を徹底しました。暴力団関係者が接触を図ろうとしても頑なに面会を拒絶し、警察当局からも「完全に手を引いた元幹部」として認知されていました。
美能の家族や親族関係についても、多くの関心が寄せられてきました。美能には妻子がおり、息子の教育や家族の平穏な暮らしを最優先に守り抜いたと伝えられています。自身が歩んだ修羅の道を家族に決して歩ませないため、息子や親族を表舞台や裏社会の利権から完全に遠ざけ、堅気の社会人として育て上げました。映画が大ヒットし世間が騒然とする中でも、美能家は呉市内で過度な露出を避け、静寂を保ち続けました。