中村嶺亜の入所日はいつ?同期メンバーや衝撃のスケボー秘話を徹底解説
中村嶺亜の芸能界入りのエピソードは、ファンの間でも語り草となっているドラマチックな展開を含んでいます。
本人は乗り気ゼロ?「スケボーの大会に行きたい」と猛反発
そもそも事務所に応募したのは中村嶺亜本人ではなく、両親(母親)や周囲の親族でした。当時の本人はスケートボードに熱中しており、オーディション当日は大切なスケートボードの大会と日程が重なっていたのです。
本人は過去の雑誌インタビュー(『Myojo』『WiNK UP』等)で次のように明かしています。
「当時は本当にスケボーに夢中だったので、オーディションなんて絶対に行きたくなかったんです。『大会があるから行かない!』と親に怒ったら、『会場にスケボーを持っていけばいいから』と説得されて、スケボーを抱えて会場に向かいました」
オーディション会場の廊下でトリックを披露し即合格
何百人もの応募者が集まる会場で、スケートボードを持参していた中村嶺亜の姿は異彩を放っていました。その姿に目を留めた故・ジャニー喜多川氏から「YOU、それ乗れるの?」と声をかけられます。
「乗れるよ」と答えた中村嶺亜に対し、ジャニー氏は「廊下でやってみて」と指示。臆することなく華麗なオーリー(ジャンプトリック)やターンを披露したところ、ジャニー氏はその度胸と卓越した身体能力に即座に魅了され、その日のうちに合格が決まりました。
この「スケートボード」という唯一無二の特技は、後に結成される「7 MEN 侍」のコンセプト(楽器演奏×スケートボード×ダンス)の根幹を形成する決定的な伏線となったのです。