旧皇族・竹田宮の現在と家系図|皇籍復帰・養子案を巡る議論の真相
昭和20年(1945年)の敗戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領政策下で日本の国家構造は激変しました。なかでも皇室制度の再編は極めてドラスティックに進められ、昭和22年(1947年)10月14日、いわゆる「旧皇族11宮家・51名」の皇籍離脱(臣籍降下)が一斉に断行されました。
当時の政府記録や旧皇族の手記によれば、GHQの意向を反映した財政難、そして最大90%に達した過酷な「財産税」の賦課により、皇室財産の下支えが困難となったことが直接的な契機でした。竹田宮家も例外ではなく、恒徳王をはじめとする一族は民間人としての生活へと舵を切ることになります。
この際、東京都港区高輪にあった広大な竹田宮邸(旧竹田宮邸洋館)は西武グループへと売却され、現在は「グランドプリンスホテル高輪 貴賓館」として保存・活用されています。煉瓦造2階建て・ネオ・バロック様式の優美な近代建築は、宮内省内匠寮の建築家・片山東熊らが手掛けたものであり、当時の宮家の気品を今なお現代に伝えています。