宇多田ヒカルをヒットへ導いた父・照實氏の現在とプロデュース秘話
1998年12月、日本の音楽業界に激震が走った。シングル『Automatic』のリリースである。ソウルフルで洗練されたR&Bサウンド、15歳とは思えぬ歌唱力。当時の東芝EMIスタッフをも驚愕させたこのデビュー劇の裏には、照實氏の綿密な計算と直感があった。
ラジオ局へのプロモーション戦略、過剰なテレビ露出を控えて音そのものに焦点を当てさせるセルフプロデュース手法。レーベル側の従来の方針に流されることなく、「本物の音楽を届ける」という強い信念のもとで展開されたレコーディングは、過酷でありながら極めて刺激的なものだったという。R&Bというジャンルがまだ日本のメインストリームで認知しきれていなかった時代に、圧倒的な完成度で突きつけた作品のインパクトは、今聴いても一切色あせることがない。