女子バレーのブルマはなぜ消えた?昭和から最新ギアへの激変の真相
昭和の高度経済成長期から平成初期にかけて、女子バレーの代名詞であったブルマ。その廃止に向けた動きが本格化したのは1990年代中盤のことだ。最大の理由は、アスリートに対する性的視線への配慮と、競技性の追求という二重の地殻変動である。カメラ技術の向上に伴い、選手のプレイそのものではなく露出度の高いユニフォームばかりを狙う悪質な撮影が社会問題化。選手たちが競技に没頭できる環境を守るため、現場からは悲痛な悲鳴が上がっていた。
さらに、機能面の限界も明白だった。密着度が高いブルマは一見動きやすく見えたが、激しいフライングレシーブの際に皮膚が床と直接摩擦し、打撲や火傷のようなケガのリスクを高めていたのだ。名セッターとして日本代表を牽引した中田久美も、現役時代からユニフォームの機能性や選手にかかる精神的負荷について言及していた一人である。「見せるための衣料」から「パフォーマンスを最大化するギア」への転換は、現場の切実な要請だった。