山本由伸はなぜ甲子園に出られなかった?怪我の悲劇とドラフト4位の衝撃真相
日本中を沸かせる世界的投手のルーツを巡るとき、誰もが抱く最大の疑問が山本由伸の甲子園出場歴です。結論から言えば、山本由伸は高校3年間で春の選抜大会、夏の全国選手権大会ともに甲子園への出場経験は一度もありません。名門・都城高校のエース番号「1」を背負いながら、なぜ聖地への扉は開かれなかったのか。その直接的な要因は、高校3年の夏に迎えた宮崎県高校野球大会の対戦経緯と、本番直前に発生した痛恨の身体トラブルにありました。
2016年7月、第98回全国高校野球選手権宮崎大会。都城高校は優勝候補の一角として前評判を集めていました。しかし、大会開幕直前、山本投手を襲ったのが「首周辺の激しい痛み(筋違え・寝違え症状)」という不測の事態でした。首が思うように回らず、万全のコンディションからは程遠い状態で大会に突入。初戦となった2回戦・日向学院戦では登板を回避し、野手として出場してチームを繋ぎました。
そして迎えた運命の3回戦、立ちはだかったのは同年の宮崎を制し甲子園ベスト8まで進出する宿敵・日南学園でした。先発マウンドに上がった山本投手は、首の痛みを抱えながらも気迫の投球を展開。日南学園の強力打線を相手に8イニングを投げ抜き、毎回の如く三振を奪って被安打5、失点2(自責点2)、奪三振11という堂々たる力投を見せました。しかし、日南学園のエース・箕輪憲憲投手らを前に都城打線がわずか1安打に封じ込まれ、0対2で完封負け。これが甲子園に出場できなかった理由の決定打となり、山本由伸の高校野球は3回戦で幕を閉じることとなりました。