【インスタ画像】 テリー 伊藤 若い 頃 人気理由と評判まとめ #748
築地市場の活気と、魚の生臭さ、そして威勢のいい大人たちの声。それがテリー伊藤(本名・伊藤輝夫)の幼少期の原風景だ。家業は繁盛していたが、彼は単なる「跡取り息子」に収まる器ではなかった。日本大学第一高等学校を経て、早稲田大学経済学部へと進学。時代はまさに激動の昭和40年代後半、学生運動の嵐が吹き荒れる真っ只中だった。
彼はノンセクト・ラジカル(無党派の過激派)としてデモに参加する。だが、そこで待っていたのは甘い青春ドラマではない。機動隊との激しい衝突の最中、投げ込まれた催涙弾が彼の顔面を直撃した。この時の大怪我が原因で、彼は右目の斜視を患うことになる。一歩間違えれば命を落としていたかもしれない大事故。しかし、この身体的な傷跡こそが、彼のその後の人生と「世界を斜めから見る」独特のカメラアングルを決定づけたのだから皮肉なものである。