小橋建太の現在と壮絶な軌跡|がん克服から伝説の激闘までを徹底解剖
小橋建太のレスラー人生の原点は、昭和から平成初期の全日本プロレスにあります。高校時代に柔道で基礎を培い、ボディビル京都大会で優勝した強靭な肉体を武器に、サラリーマン生活を経て1987年に全日本プロレスへ入門。若手時代はジャイアント馬場のもとで徹底的に受け身と基礎を叩き込まれ、泥臭く立ち上がり続けるファイトスタイルでファンの支持を勝ち取っていきました。
1990年代に入ると、三沢光晴、川田利明、田上明とともに「プロレス四天王」と呼ばれる黄金期を形成。激しさを極めた「四天王プロレス」の中心で、相手の必殺技を何度でも受け止め、それを凌駕する気迫で跳ね返す姿は、ファンの熱狂を呼びました。
2000年のプロレスリング・ノア旗揚げ後は、名実ともに団体の柱として君臨。2003年3月1日、日本武道館で行われた三沢光晴とのGHCヘビー級選手権試合は、プロレス史に残る最高傑作と評されています。封印していた危険技「バーニングハンマー」を解禁して三沢を破り、第6代王者となって以降、歴代最多となる13度の連続防衛を達成。この2年間にわたる長期政権は「絶対王者」の時代として、プロレス界の頂点を極めました。
相手の胸板を切り裂くような「マシンガンチョップ」、一撃必殺の「剛腕ラリアット」、そしてマットに沈める「バーニングハンマー」や美しい弧を描く「ムーンサルトプレス」。小橋の得意技は、すべて極限まで鍛え抜かれた筋肉と愚直な鍛錬の結晶でした。