タモリ伝説の弔辞はなぜ白紙だったのか?赤塚不二夫へ捧げた愛の真相
Q1:弔辞が白紙だったことは誰がどのように発見したのですか?
A1:告別式を生中継していたテレビ局のカメラマンやスチールカメラマンが、タモリさんが便箋を畳んで胸ポケットにしまう際、ズームレンズで撮影したことで発覚しました。その後、現場にいた報道陣によって「文字が一切書かれていない白紙だった」と大きく報じられました。
Q2:弔辞の時間はどのくらいでしたか?事前に原稿は書いていなかったのですか?
A2:スピーチの時間は約7分50秒(約8分間)でした。前夜に原稿を書こうと何度も試みたものの、想いが強すぎてまとまらず、最終的に原稿を書かないまま白紙の便箋を持って壇上に上がったことが本人の証言などから分かっています。
Q3:「勧進帳」と例えられたのはなぜですか?
A3:歌舞伎の名作『勧進帳』において、弁慶が何もない白紙の巻物を本物の通行許可証のように朗読して窮地を切り抜ける名場面があります。白紙の便箋を見つめながら完璧な追悼演説を成し遂げたタモリさんの姿が、その弁慶の姿と重なったことから「平成の勧進帳」と称されました。