元猿岩石・森脇和成は今どこに?有吉との関係と波乱の現在地を追跡
1996年、日本テレビ放送網で放送されていた伝説的バラエティ『進め!電波少年』の企画「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」によって、猿岩石の運命は一夜にして狂乱の渦へと放り込まれた。香港からロンドンまで、ヒッチハイクとアルバイトだけで旅を続ける過酷な旅路。まだ「リアリティ番組」という言葉すら定着していなかった時代に、彼らの泥臭く必死な姿は列島中の視線を釘付けにした。
ゴールとなったロンドンの地で待ち受けていたのは、熱狂的な歓迎と想像を絶するバブルだった。帰国直後に行われた西武球場での凱旋ライブには3万人ものファンが押し寄せ、デビューシングル「白い雲のように」はミリオンセラーを記録。書籍やグッズは飛ぶように売れ、寝る暇もないスケジュールがお笑い界の新人を飲み込んでいった。
しかし、ブームの熱狂が冷めるのもまた一瞬だった。旅という特殊な極限状態から解放された二人に待っていたのは、平場のバラエティ番組で実力を問われる厳しい現実だ。急速にテレビの露出が減少し、人気が落ち着いていくなかで、コンビ間の空気や将来への視線にも少しずつズレが生じ始めていく。そして2004年、猿岩石は惜しまれつつも解散を発表した。