大本教と芸能人の闇と光!信奉疑惑のリストから紐解く歴史の全貌
歴史を明治・大正期へと巻き戻してみよう。創始者である出口なおの強烈なお筆先(自動書記)による終末論的警告から始まった教団は、婿養子として入った出口王仁三郎の登場によって決定的な変貌を遂げる。神道系新宗教のなかでも異彩を放つ大本教(宗教法人大本)は、王仁三郎という稀代のプロデューサーを得たことで、メディア戦略の先駆者となった。
王仁三郎自身が短歌を詠み、陶芸(耀わん)に没頭し、映画製作やレコード吹き込み、新聞社の買収まで仕掛けた。彼は自ら神話劇の主役を演じ、派手な衣装をまとって写真に収まるなど、今日のポップカルチャーやヴィジュアル系パフォーマンスの原型とも呼べる自己演出を徹底的に実践した人物だ。既成概念を打ち破るその奔放な芸術表現と圧倒的なカリスマ性は、当時の日本の芸能界の黎明期にいた表現者や知識人たちに強烈なインスピレーションを与えずにはおかなかった。