一富士二鷹三茄子の真実!家康が隠した「四以降」と開運吉夢の秘密
「一富士、二鷹、三茄子」という並び順の由来には、歴史上いくつもの説が存在する。その中で最も説得力を持ち、広く語り継がれているのが、大御所として君臨した徳川家康にまつわる逸話だ。家康が深く愛した「高いもの」の順であるという説や、彼が晩年の拠点とした駿河国の名物を誇示するために並べられたという説が有名である。
日本一の標高と雄大さを誇る富士山、家康が生涯の趣味とし、心身を鍛える手段でもあった鷹狩りの鷹、そして当時の駿河国で初物が異常なほどの高値で取引されていた茄子。これらは単なる特産品にとどまらない。過酷な戦国時代を勝ち抜き、250年続く泰平の礎を築いた家康にとって、自らの強運と権力を象徴する強力な縁起物そのものだった。
江戸幕府の基盤が固まるにつれ、この駿河ゆかりのシンボル群は、庶民の間で格別の吉兆として浸透していった。権力者のあふれんばかりの強運にあやかろうとする人々の切実な願いが、いつしか初夢の最高峰という絶対的な格付けを生み出したのである。