ペリーに挑んだ幕末の英雄・中島三郎助!箱館戦争の最期と独占秘話
大政奉還を経て時代が明治へと移り変わる中、三郎助は旧幕府軍への義理を貫いた。榎本武揚らとともに開陽丸に乗り込み、北の大地・北海道へと向かう。蝦夷共和国の樹立を目指した箱館戦争において、彼は千代ヶ岡陣屋の隊長として死守の任についた。
新政府軍による圧倒的な包囲網の中、榎本武揚からの降伏勧告を固辞。二人の息子とともに最後まで銃砲を撃ち続け、明治2年5月16日、激しい銃撃戦の末に戦死を遂げた。義に生きて義に死んだ彼の壮絶な最期は、箱館戦争の悲劇を象徴するエピソードとして今も語り継がれている。