三宅健の若い頃が美少年すぎ!Jr時代から奇跡の40代の老けない秘密
三宅健が芸能界入りを果たしたのは1993年、当時14歳(中学2年生)のことでした。一般的なオーディション形式ではなく、親族が送った履歴書を見た事務所社長(当時)から自宅に直接電話がかかり、「今から六本木に来られる?」と誘われて即レッスンへ合流したという逸話はファンの間でも有名です。
当時のジャニーズJr.内でも、大きな瞳と中性的な愛らしさ、そしてどこかアンニュイな色気を併せ持つビジュアルは群を抜いていました。雑誌の表紙を飾るたびに重版がかかるほどの人気を誇り、まだインターネットが普及していなかった時代にもかかわらず、生写真や切り抜きが高値で取引されるほどの熱狂を生み出していました。
特にファンを熱狂させたのが、同期であり同い年の森田剛とのユニット「剛健コンビ」です。やんちゃでカリスマ的なオーラを放つ森田と、天真爛漫で圧倒的な愛嬌を持つ三宅のシンメトリーは、後のアイドルカルチャーにおける「バディ文化」の原点となりました。
1995年秋、バレーボールワールドカップのイメージキャラクターとして結成された「V6」のメンバーに選ばれた際、三宅は「剛(森田剛)が入らないならデビューしない」と直談判したと当時のインタビューや自著で明かしています。この強い信念と絆が実を結び、平均年齢16.3歳の年少組ユニット「Coming Century(カミセン)」としても爆発的なブレイクを果たすことになりました。