バーブ佐竹『女心の唄』異例ヒットの真実と低音ボイスの魔力
北海道釧路市出身のバーブ佐竹(本名・佐竹安治)は、上京後に東京・新宿や浅草、銀座の酒場をギター1本で渡り歩く「流し」として過酷な下積み時代を過ごしていました。当時の関係者の証言によると、夜の歓楽街で連夜数十曲を歌いこなす中で、ざわめく店内を一瞬で静まり返らせるほどの独特な声質が業界関係者の耳に留まったことが、デビューへの決定打となったと伝えられています。
レコード会社であるキングレコードの専属作家陣、作詞家の山北由希夫と作曲家の吉田矢健治のタッグによって生み出されたのが、1964年(昭和39年)12月に発売された『女心の唄』でした。東京オリンピックが開催され、日本全体が近代化と未来への高揚感に包まれる一方、急激な都市化の影で孤独を抱える人々の心に寄り添うように、この楽曲は静かに産声を上げました。
特筆すべきは、「男ごころの つれなさに / 泣いてあかした 夜もある」という切々たる歌詞の世界観です。女性の一人称で綴られた痛切な心情を、あえて屈強な男性歌手が極限まで深く抑制の効いたトーンで歌い上げるスタイルは、当時の音楽シーンにおいて極めて異例かつ前衛的な試みでした。