舞洲スラッジセンターの真実|奇抜な外観の理由と巨額建設費を追う
高速道路の湾岸線や対岸の咲洲からも強烈な存在感を放つ舞洲スラッジセンター。ネット上では「舞洲スラッジセンターの外観はなぜこれほど奇抜なのか」という疑問が今なお絶えません。その答えは、建物の意匠を手がけた人物と、建設が構想された当時の国際的な都市戦略にあります。
外観デザインを監修したのは、オーストリア・ウィーン出身の世界的芸術家であり建築家のフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー(1928〜2000年)です。彼は「自然界に直線は存在しない」という信念を持ち、有機的な曲線、大地を象徴する植栽、色彩豊かなタイルモザイクを建築に取り入れる独自の手法で世界的に知られていました。
大阪市が彼にデザインを依頼した最大の契機は、1990年代後半に大阪市が威信をかけて推進していた「2008年大阪オリンピック誘致計画」でした。舞洲はそのメインスタジアムや選手村が置かれる予定地であり、世界中から訪れる観客を迎えるウォーターフロントのランドマークとして構想されたのです。「下水処理場=嫌悪施設」という負のイメージを払拭し、自然と人間、そして高度な環境技術が調和する未来都市のシンボルに仕立て上げるという狙いがありました。しかし、2001年7月の国際オリンピック委員会(IOC)総会で北京に大敗し、五輪招致は幻と消えます。結果として、夢の跡地である人工島に、極めて前衛的で巨大なモニュメントだけが取り残されることになりました。