226事件はなぜ起きたのか?青年将校の暴走と黒幕の真相を徹底解説

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1936年2月26日未明、野中四郎大尉、安藤輝三太尉、栗原安秀中尉、磯部浅一元一等主計ら率いる反乱部隊は、完全武装で各襲撃目標へと雪崩れ込みました。その襲撃現場では、近代史の運命を左右する壮絶なドラマが繰り広げられていました。

最も激しい襲撃を受けた首相官邸では、就任していた岡田啓介首相が暗殺部隊のターゲットとなりました。しかし、岡田首相を護衛しようと立ち塞がった義弟・松尾伝蔵予備役大佐が、岡田首相と容貌が酷似していたため身代わりとなって射殺されます。将校たちは松尾の遺体を岡田首相と誤認。本物の岡田首相は女中部屋の押し入れに隠れ、翌日、弔問客に紛れ込んで官邸から奇跡的に脱出を遂げました。

一方で、日本の財政を支え「ダルマ蔵相」として国民に親しまれていた高橋是清大蔵大臣は無残な最期を遂げました。赤坂の私邸で就寝中だった高橋は、乱入してきた青年将校から「国賊」と叫ばれると、「何を言うか、馬鹿者!」と一喝。しかし将校たちは容赦なく銃弾を浴びせ、軍刀で刺殺しました。当時81歳だった高橋是清は、軍事費の膨張を命がけで抑制しインフレを防ごうとしていたため、軍拡を求める軍部急進派から最大の標的とされていたのです。

さらに、前首相の斎藤実内大臣は妻・春子の目の前で無数の銃弾を浴びて即死、陸軍教育総監の渡辺錠太郎大将も自邸で幼い娘の目の前で射殺されました。鈴木貫太郎侍従長(後の終戦時首相)は三発の銃弾を受け重傷を負うものの、妻・たかの必死の懇願により将校が「とどめ」を思いとどまり、奇跡的に一命を取り留めました。

中島 亮太

中島 亮太

写真家・フォトエディター

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。