桂歌丸師匠の伝説と円楽との絆!笑点降板の真相と今なお輝く名言集
テレビタレントとしての知名度があまりに高かった歌丸師匠ですが、演芸界における真の評価は「近代屈指の古典落語の名手」です。特に明治の大名人・三遊亭圓朝が遺した長編怪談噺や人情噺の掘り起こしに心血を注ぎました。
『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)』『牡丹灯籠』『怪談乳房榎』といった大作を連続口演し、登場人物の心の闇や哀愁をリアルに描き出す語り口は、後世の落語家たちのお手本となっています。一方で、『長命』『竹の水仙』『質屋庫』『おすわどん』などの滑稽噺で見せる軽妙な江戸前(横浜生まれながらの洗練された語り口)のリズムも絶品でした。
その芸道人生の最大の支えとなったのが、4歳年上の妻である冨士子夫人です。入門直後の極貧時代、歌丸師匠は一度落語界を離れ、化粧品のセールスマンなどをして食いつないでいた苦難の時期がありました。そんな時も夫を信じ、「あなたは落語家に戻るべき人」と背中を押し続けたのが冨士子夫人でした。
笑点の大喜利では「恐妻」「顔が怖い」と散々ネタにして笑いを取っていましたが、著書やインタビューでは「女房がいなければ今の私は100%存在しない」「頭が上がらない大恩人」と感謝の言葉を惜しみませんでした。