「和を以て貴しとなす」の真実|聖徳太子が説いた同調圧力なき対話の極意

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聖徳太子がこの言葉をゼロから生み出したわけではありません。和を以て貴しとなすの由来を遡ると、古代中国の儒教経典『論語』学而編に登場する有子(ゆうし)の言葉に行き着きます。

『論語』には「礼の用は和を貴しと為す(禮之用和爲貴)」と記されています。儒教において「礼」とは社会規範や身分秩序を保つ厳格な制度・ルールですが、形式的なルールばかりを厳しく適用すると人間関係がギスギスし、社会が息苦しくなってしまいます。そこで、秩序の運用を円滑にするための柔軟性や思いやりとして「和(調和・親和)」がもっとも尊ばれるべきだと説かれたのです。

さらに孔子は『論語』子路編において、「君子は和して同ぜず、小人は同して和せず」という鋭利な格言を残しています。「立派な人物は、主体的な信念を持ちながら周囲と協調する(和)。しかし、付和雷同して軽々しく迎合することはない(不同)。一方で、器の小さい人物は、周りに合わせて同調するばかりで(同)、心を通わせた本当の調和を築くことができない(不和)」という教えです。

聖徳太子は、推古天皇の治世下で中国大陸から伝来した儒教の「礼」と「和」の概念、さらには仏教の「衆生平等の精神」を巧みに織り交ぜました。豪族たちの激しいエゴを調伏し、国家運営の規範として再定義したのが十七条憲法でした。近代日本文学においても、作家・太宰治が小説『右大臣実朝』(1943年)のなかで「和を以て貴しと為すとかいうお言葉にはじまる十七箇条の御憲法など、まことに万代不易の赫奕(かくえき)たるおさとし」と感嘆を込めて描写したように、時代を超えて指導層の精神的支柱として仰がれ続けてきた歴史があります。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。