山形スカイタワー41の入居率は?ゴーストタウンの噂と現在を徹底取材
上山市金瓶地区という、周囲を果樹園や田畑に囲まれたエリアにこれほどの超高層ビルがなぜ建てられたのか。その背景には、1990年代初頭のバブル経済期における開発構想と、山形県内の交通インフラの劇的な変革がありました。
当時、1992年の山形新幹線開業に続き、1999年の新庄延伸や山形自動車道の整備が進んでいました。県庁所在地である山形市内の地価が高騰していた時代、隣接する上山市は「山形市のベッドタウン」として白羽の矢が立ちます。山形市中心部まで車で約15〜20分という好立地でありながら、広大な開発用地を確保できたことが最大の決め手でした。
デベロッパーは、山形市へ通勤するファミリー層の実需に加え、かみのやま温泉や蔵王スキー場へのアクセスを活かしたリゾート型セカンドハウス需要をターゲットに設定。1999年(平成11年)の竣工当時、地方都市における民間主導の大規模タワー開発として全国的な注目を集めました。