安岡正篤と細木数子の結婚騒動の全真相|婚姻無効調停と遺産の結末

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事態が急展開を迎えたのは1983年7月のことです。細木数子が東京都内の区役所へ単独で婚姻届を提出し、受理されたことで世間は蜂の巣をつついたような大騒動となりました。40歳差の電撃入籍というセンセーショナルな見出しが週刊誌を埋め尽くす中、激怒したのが安岡の実子たち(長男・安岡正泰氏ら)と、安岡を精神的支柱として仰いできた政財界の門弟たちでした。

遺族側は直ちに「父には結婚の意思能力など全くなかった」「書類は本人の正常な判断なしに偽造・提出されたものである」と主張。同年9月、東京家庭裁判所へ婚姻無効の調停を申し立てる前代未聞の事態へと発展しました。当時の関係者の証言や法廷提出資料によると、晩年の安岡正篤は家族の顔の識別すら曖昧な状態であり、自らの意思で法的な婚姻関係を結べる状態では到底なかったと記録されています。

泥沼の争いが続く中、同年12月、安岡正篤は85歳でこの世を去りました。当事者の一方が逝去したことで裁判はより複雑化しましたが、遺族側の徹底抗戦の姿勢は揺らぎませんでした。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。