東海村Jco臨界事故の記録写真が語る被曝の深淵と隠された真相
核燃料加工会社である株式会社ジェー・シー・オー(JCO)の東海事業所内で発生した臨界事故。その発端は、あまりにも杜撰で原始的な作業手順にあった。作業員たちは、高速増殖炉「常陽」用のウラン燃料溶液を精製する過程で、正規の溶解塔を使わず、ステンレス製のバケツを用いて硝酸ウラン溶液を沈殿槽へと注ぎ込んでいた。
注ぎ込まれたウランの総量は、規定の制限量(2.4キログラム)を遥かに超える約16.6キログラム。7杯目の溶液が沈殿槽へ流し込まれた瞬間、核分裂連鎖反応が制御不能となる「臨界」に達した。室内を満たしたのは、高エネルギー粒子が物質中を光速を超えて運動する際に発する青い光景、すなわちチェレンコフ光だった。
現場にいた大内久氏(当時35歳)は沈殿槽の真上に漏斗を構えており、約16〜20シーベルト(グレイ換算でそれ以上)という、致死量を絶望的に上回る中性子線とガンマ線を浴びた。バケツから注いでいた篠原理人氏(当時40歳)も推計6〜10シーベルトを被曝。その瞬間、爆発音も熱風もなかった。ただ、一瞬の青い光と強い嘔吐感だけが、二人の体を不可逆の深淵へと突き落とした。