コンテンポラリーダンスとは?難解とされる真相と鑑賞の極意を解剖

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コンテンポラリーダンスの歴史を語る上で避けて通れない巨人が、ドイツの振付家ピナ・バウシュです。彼女が率いたヴッパタール舞踊劇場は、1970年代から「タンツテアター(舞踊演劇)」という革新的なスタイルを打ち立てました。舞台上に本物の土を敷き詰めダンサーが泥だらけになって踊る『春の祭典』や、ステージ全体に無数のカーネーションを植え込んだ『カーネーション』など、彼女の演出は美術や演劇の枠組みを激しく揺さぶりました。

ピナ・バウシュはダンサーたちに「どう動くかではなく、何が人間を動かすのか」を問い続けました。ダンサーの個人的なトラウマ、愛への飢餓感、男女間の不条理な権力関係を、台詞や日常の動作の執拗なループを用いて舞台上に露悪的なまでに描き出したのです。彼女の存在は、美しく整えられた「踊り」を鑑賞する場であった劇場を、「生身の人間の痛烈な実存と向き合う場」へと変貌させました。

一方、同時代に極東の日本から世界のアートシーンを震撼させたのが、土方巽と大野一雄によって創始された暗黒舞踏(Butoh)の潮流です。西洋のダンスが「天へと高く伸びる直線的な美」を希求したのに対し、暗黒舞踏は白塗りの肉体、がに股、身もだえ、床へと沈み込む萎縮の身振りを徹底的に掘り下げました。近代化の過程で日本人が捨て去ろうとした泥臭い身体性、死の匂い、衰弱していく生命の有様を突きつけるその過激な身体美学は、1970〜80年代の欧米のアヴァンギャルド界隈に決定的な地殻変動をもたらしました。

この舞踏の精神的・身体的遺伝子を独自の孤高の表現へと昇華させた代表格が田中泯です。土方巽に師事しながらも自らの踊りを「場踊り」と呼び、山梨の農村で農作業に従事しながら「土と身体の関係」を探求し続けた田中泯の踊りは、劇場という閉ざされたブラックボックスを飛び出し、自然界や都市空間と直接交感する身体の可能性を切り拓きました。国内外の振付家がこぞって田中泯の身体論や暗黒舞踏のメソッドにインスピレーションを求める理由は、それが「言語や記号になる前の根源的な肉体」を保ち続けているからです。

中島 亮太

中島 亮太

写真家・フォトエディター

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。