ブルガリアヨーグルトと大相撲の絆!化粧まわしと懸賞旗の真相
日本の伝統文化の象徴である大相撲と、国民的乳製品であるブルガリアヨーグルトの相撲スポンサー理由を探ると、昭和から平成へと続く食文化と国際交流の深い歴史が浮かび上がります。
株式会社明治(旧・明治乳業)が「明治ブルガリアヨーグルト」を発売したのは1973年のことでした。1970年の日本万国博覧会(大阪万博)のブルガリア館で本場のプレーンヨーグルトを口にした開発陣が感銘を受け、本場そのままの味を日本に届けるべく開発をスタート。国名使用にあたっては駐日ブルガリア大使館を通じ、ブルガリア政府から正式な許可とライセンス許諾を取り付けたという歴史があります。
それから約30年が経過した2002年、佐渡ヶ嶽部屋に一人の長身の青年が入門します。それが、ヨーロッパ出身力士として初めて最高峰の舞台に挑むことになったカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ、四股名「琴欧洲」でした。レスリングで母国のチャンピオンに輝きながらも、相撲の魅力に惹かれて異国の地に単身飛び込んできた青年の存在は、すぐに株式会社明治の知るところとなります。
報道各社や当時の関係者証言によると、明治側にとって琴欧洲の角界入りは「長年ブルガリアの国名を商品名に掲げさせてもらってきた恩に報いる絶好の機会」でした。琴欧洲、ブルガリア大使館、明治の三者が固い信頼関係で結ばれた結果、企業宣伝の枠組みを遥かに超えた国家的サポート体制が確立されたのです。こうして、角界に前例のない強力なパートナーシップが幕を開けました。