昭和の巨星・永六輔の言葉と名曲『上を向いて歩こう』誕生の真相
1960年代初頭、草創期のテレビ界を席巻したバラエティ番組『夢であいましょう』は、日本のエンターテインメントのあり方を根底から塗り替えた。生放送ならではの緊張感の中、永六輔は台本を書き、構成を練り、時に自ら出演して番組を牽引した。スタジオは知性と即興性が火花を散らす実験場だった。
番組で名コンビを組んだ黒柳徹子との丁々発止のやりとりは、今なお語り草となっている。二人の軽妙な掛け合いは、台本通りの予定調和を打ち破り、電波を通じて生々しい人間の体温を届けた。虚飾を排し、本音でぶつかり合うこと。黒柳が後年振り返るように、永がテレビという新メディアに持ち込んだのは、演出されたリアリティではなく、作り手の人間性そのものをさらけ出す覚悟だった。