ピカソの本名が長すぎる理由とは?全文の読み方と由来の真相を徹底解剖
ピカソの本名における最大の疑問の一つが、「なぜ父方の姓であるルイスを捨てて、母方の姓であるピカソを名乗ったのか」という点です。
スペインの伝統的な家族制度において、個人の姓は「父の第1姓 + 母の第1姓」で構成されます。ピカソの父は画家で美術教師のドン・ホセ・ルイス・イ・ブラスコ、母はマリア・ピカソ・イ・ロペスでした。したがって、正式な姓名は「パブロ・ルイス・イ・ピカソ」となります。
初期の修行時代、バルセロナやマドリードで活動していた頃の青年ピカソは、作品に「P. Ruiz Picasso(P・ルイス・ピカソ)」と署名していました。しかし、1901年頃、パリへ本格的に進出するタイミングを境に、父方の「Ruiz」を完全に削り落とし、「Picasso」という単一の署名へと統一していきます。
美術史研究者や当時の交友録(詩人マックス・ジャコブやブラサイの手記など)によると、この決断には2つの明確な理由が存在します。
第1に、「音の響きと希少性」です。スペインにおいて「Ruiz(ルイス)」は日本の「佐藤」や「鈴木」に匹敵する極めて平凡で数の多い姓でした。一方、母方の祖先がイタリア・ジェノヴァ地方にルーツを持つ「Picasso(ピカソ)」という姓は、スペイン国内でも非常に珍しく、中央に重なる二重子音の「SS(カタルーニャ・フランス語圏での発音)」が鋭く力強い響きを持っていました。ピカソ自身、後に友人の写真家ブラサイに対し「ルイスという名前では誰も私を覚えなかっただろう。だがピカソという響きには輝きがあった」と語っています。
第2に、「父という権威からの心理的自立」です。父ホセは息子の早熟な才能をいち早く見出し、自らの絵の具と筆を譲って画業を後押しした最大の理解者でした。しかし同時に、伝統的なアカデミズム絵画に縛られた父の存在は、前衛的な芸術革新を志す若きパブロにとって乗り越えるべき壁でもありました。父の姓を外す行為は、血縁の庇護を脱し、自らの腕一本で世界の頂点へ立つという芸術家としての独立宣言だったのです。