チャウシェスクはなぜ処刑されたのか?独裁の崩壊と最期の真相
ヘリで脱出したもののパイロットに見捨てられ、地方都市トゥルゴヴィシテで拘束された夫妻を待っていたのは、即席で設置された特別軍事法廷でした。12月25日、軍の兵舎内で行われた審理は、弁護士すら実質的な糾問側に回る異例の形式で行われました。
ニコラエ・チャウシェスクの処刑理由として挙げられた主な罪状は、国家権力の乱用、6万人以上の大量虐殺、国家経済の破壊、そして国民の財産横領でした。法廷においてチャウシェスクは「私は大統領であり、大国民議会以外の法廷は認めない」と叫び続け、法廷の正当性を一切認めませんでした。
同時に裁かれた妻エレナは、単なるファーストレディではなく第一副首相を務めた政権のナンバーツーでした。自らを「世界的な科学者」と詐称させ、極端な特権階級意識から国民を「豚ども」と蔑んでいたエレナの傲慢な態度は、法廷関係者や兵士たちの憎悪を決定的なものにしました。
裁判の開始から判決までにかかった時間はわずか約1時間半。死刑判決が言い渡されると同時に、夫妻は両手を後ろ手に縛られ、兵舎の中庭へと引きずり出されました。即日処刑が強行された背景には、秘密警察による奪還作戦を恐れた救国戦線(暫定政権)上層部による「生かしておけば内戦が激化する」という強い危機感がありました。