中村梅之助の死因と最期の真相|初代金さんと息子梅雀の軌跡

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親子でありながら、同じ看板を背負う俳優同士。中村梅之助と息子・中村梅雀の間には、外からは見えにくい深い葛藤と、それを乗り越えた先にある魂の絆が存在していました。

梅雀は若い頃から前進座に入団し、祖父や父の背中を追って舞台経験を積みました。しかし、劇団前進座という組織は、梅之助が看板役者兼幹事長として絶対的なリーダーシップを発揮していた場所です。劇団員たちからの「梅之助の息子」「三代目翫右衛門の孫」という色眼鏡や、将来の劇団を背負うべき後継者としての重圧は、梅雀にとって耐え難いアイデンティティの危機をもたらしました。

当時のインタビューや関係者の手記によると、梅雀は「父の巨大な傘の中にいては、自分自身の本当の演技が見つからないのではないか」という焦燥感を抱えていたといいます。そして2007年、梅雀は周囲の引き止めを振り切り、長年所属した前進座を退団。50代を目前にして、完全に後ろ盾を失ったフリーの俳優として大海原へ漕ぎ出す決断を下しました。

この息子の決断に対し、梅之助は劇団の長としては苦渋の表情を見せながらも、父親としては一切の邪魔をせず、静かにその背中を押しました。外の世界に飛び出した梅雀は、トレードマークのベース演奏を活かした音楽活動や、数々の現代ドラマで独自の地位を築き、名バイプレーヤーとして確固たる評価を獲得します。

そして2016年、梅之助が逝去した直後の夏、NHK BSプレミアムで放送されたリメイク版『伝七捕物帳』の主演に抜擢されたのは、他ならぬ息子・梅雀でした。父の遺志を受け継ぎ、同じ紫房の十手を握りしめて「めでてえな」と笑った梅雀の姿に、視聴者は昭和と平成を越えて結ばれた父子の奇跡的な継承を目撃したのです。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。