阿部寛のメンズノンノ時代が異次元!連続表紙43回の真実と壮絶な転身

阿部寛のメンズノンノ時代が異次元!連続表紙43回の真実と壮絶な転身に関する深掘り記事を分かりやすく解説します。関心のある方は必見です。

阿部寛の芸能界入りの契機は、大学在学中の1985年に開催された集英社主催の「第1回ノンノボーイフレンド大賞」での優勝でした。中央大学理工学部に在籍していた当時、優勝賞品の車(ホンダ・プレリュード)目当てに応募したという逸話は有名ですが、その彫りの深い端正な顔立ちと日本人離れしたスタイルは、編集部に圧倒的な衝撃を与えました。

翌1986年6月号、集英社が満を持して立ち上げた男性ファッション誌『MEN'S NON-NO(メンズノンノ)』の記念すべき創刊号において、阿部寛は堂々の単独表紙に抜擢されます。ここから、日本の出版史上に残る伝説が幕を開けました。

創刊号から1989年12月号までの3年7ヶ月間、実に43号連続で表紙モデルを務め上げるという前代未聞の快挙を成し遂げます。当時、同じく初代看板モデルとして人気を二分した風間トオルと共に巻き起こしたブームは凄まじく、女性ファンがこぞって男性誌を買い求める社会現象へと発展しました。この「43回連続起用」という記録は、競合誌を含めた近代雑誌メディアにおいて現在に至るまで誰一人として破ることのできない、実質的な世界記録として刻まれています。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。