1964年東京五輪の全93参加国一覧!不参加の真相と歴史を徹底検証

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1964年10月10日の開会式において、世界中の観客の目を引いたのが整然とした入場行進でした。五輪発祥の地であるギリシャを先頭に、開催国の日本が最後尾を務める伝統はそのままに、各国選手団の入場順には日本語の「五十音(アイウエオ)順」が採用されました。

「アイスランド(ア)」を皮切りに、「アイルランド」「アメリカ合衆国」と続き、「ローデシア」まで続く五十音順の行進は、海外メディアや選手団にとっても新鮮な驚きを与えました。場内アナウンスは日本語、フランス語、英語の3言語で実施され、国立競技場を埋め尽くした約7万5000人の大歓声が選手たちを迎え入れました。

先頭に立って各国を誘導した国旗プラカードのデザインも注目を集めました。日本の伝統美とモダニズムが融合したシンプルなゴシック体の国名表記と国旗が掲げられ、大会の洗練されたビジュアルアイデンティティを確立しました。

この行進の際、ひときわ複雑な政治的配慮を迫られたのが台湾(中華民国)の呼称問題でした。当時、IOC(国際オリンピック委員会)は台湾側の選手団に対して「TAIWAN」名義での参加を要請していましたが、中華民国政府はこれに反発。「中華民国(Republic of China)」の国号を主張しました。最終的な妥協策として、プラカードには大文字で「TAIWAN」と記され、その下に小さく漢字で「中華民国」と併記される異例の形が取られたのです。現在に至る「チャイニーズ・タイペイ(中華台北)」問題の源流が、この東京の地でも繰り広げられていました。

森 瞳

森 瞳

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

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