令和8年の日常に息づく「時の区切り」――私たちはなぜ西暦と元号を今も併用し続けるのか

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時計の針を1380年ほど巻き戻してみよう。日本で最初の元号が制定されたのは西暦645年、「大化」である。中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を討ち倒した乙巳の変の直後、中央集権国家への脱皮を賭けて打ち出した政治的スローガンがこれだった。

発想の源流は古代中国にある。当時の東アジア世界において、暦をつくり、年の呼び名を定めることは「時間を支配する者」すなわち皇帝の特権だった。周辺諸国はその元号を受け入れることで臣従の意を示した。そうした覇権構造の中で、日本が独自の元号を打ち立てた意味は重い。「我々は中国の支配下にはない」という、鮮烈な独立宣言そのものだったからだ。

元号という名のタイムラインを自前で引く行為は、当時の朝廷にとって軍事力や外交力に匹敵する国家防衛の盾だったと言える。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

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