もののけ姫の舞台は屋久島だけ?白神山地や島根に眠る着想の真相を追う
『もののけ姫』が単なる自然賛歌にとどまらない最大の要因は、エボシ御前率いる製鉄集団の拠点「たたら場」の生々しい描写にあります。森を切り拓き、砂鉄を掘り、火を焚いて鉄を作るこの共同体のモデルとなったのは、古代から近世にかけて日本の鉄需要を一手に支えた島根県奥出雲(おくいずも)地域を中心とする中国山地です。
奥出雲町には、日本で唯一現存する近世の製鉄遺構であり、国の重要有形民俗文化財に指定されている「菅谷(すがや)たたら山内」が存在します。高殿(たかどの)と呼ばれる巨大な木造建築の中で、粘土製の炉に木炭と砂鉄を投入し、巨大な鞴(ふいご)で風を送り込み続ける伝統の「たたら製鉄」は、劇中で病者や売られた女性たちが誇りを持って足踏み鞴を踏む姿そのものです。
製鉄には莫大な木炭が必要となるため、当時の山林は徹底的に伐採され、はげ山と土砂災害を引き起こす要因にもなりました。宮崎監督はこの島根の製鉄史を精緻に取材し、「自然を破壊しなければ生きられない人間の業」をたたら場という舞台に仮託したのです。
また、主人公アシタカが暮らしていた物語序盤の「エミシの里」は、大和政権に追われ東北の北端へと逃れた蝦夷(えみし)の隠れ里という設定です。その建築様式には、青森県の三内丸山遺跡に代表される縄文時代の竪穴建物や高床倉庫、さらにはアイヌ民族のチセ(家屋)の意匠が色濃く反映されています。大和の中央集権体制とは異なる、自然崇拝とアニミズムに基づいた独自の精神世界が、東北の古代遺跡をベースに構築されています。