高崎の進雄神社に孔雀がいる理由とは?強力な厄除けと2026年御朱印案内
進雄神社の鳥居をくぐり、清々しい参道を進むと左手に現れるのが「孔雀舎」です。境内で暮らす孔雀たちが時折見せる見事な飾り羽の開帳は、参拝者の心を奪う圧巻の美しさを誇ります。そもそも神社という神道の聖域に、なぜ孔雀が飼育されているのか――その理由には、古来伝わる深い信仰の知恵が隠されています。
仏教や古代アジアの伝承において、孔雀はサソリや毒蛇などの毒虫を好んで食べることから、「人々の苦痛や災厄、病魔という毒を喰い尽くす霊鳥」として崇められてきました。仏教の「孔雀明王」信仰とも結びつき、悪霊退散や延命の象徴とされてきた背景があります。
進雄神社は平安時代の貞観11年(869年)、全国に疫病が猛威を振るった際、清和天皇の勅命によって尾州(現在の愛知県)の津島神社から牛頭天王(ごずてんのう)を勧請したのが始まりです。明治の神仏分離令以前は「天王宮」と呼ばれ、神仏習合の歴史を色濃く残していました。神社の創祀自体が「疫病・災難の退散」を目的としていたため、悪災を打ち払う孔雀の存在はまさに神社の精神そのものを具現化したもの。現在も「厄を祓い、幸福を呼ぶ神鳥」として大切に守り継がれています。