リグレーフィールドのツタの真実|消えるボールと特別ルールの罠
世界中の野球ファンを魅了するこのアイビーウォールは、最初から存在していたわけではありません。リグレー・フィールドが開場したのは1914年。当時はツタなど一本もなく、武骨なコンクリートと冷たい赤レンガが剥き出しになった殺風景なスタジアムでした。
ツタが植えられた理由は、球界屈指のアイデアマンとして後に野球殿堂入りを果たすビル・ベック(当時カブスの球団重役)の情熱的なひらめきにあります。1937年当時、大恐慌の余波が残るアメリカにおいて、彼は「ファンが球場に足を踏み入れた瞬間、都会の喧騒を忘れてエメラルド色のオアシスに包まれるような、世界で最も美しいボールパークを作りたい」と構想しました。
ベックはボストンの旧球場などを視察した知見をもとに、外野のレンガ壁全面にツタを這わせる緑化計画を立案。真夏の炎天下からシカゴ名物の凍てつく冬「チリング・ウィンド」まで、凄まじい寒暖差に耐えられるタフなツタの種類として選ばれたのが、日本原産のツタ植物であるボストン・アイビー(Parthenocissus tricuspidata)と、一部のイングリッシュ・アイビーでした。
1937年のシーズン終盤、ベックは自ら作業員とともにレンガ壁へツタの苗木を丁寧に植樹しました。植えられた直後は頼りない細枝に過ぎませんでしたが、歳月を重ねるごとにレンガの目地に根を張り巡らせ、数十年をかけて外野フェンス一面を覆い尽くす巨大な緑のカーテンへと成長を遂げたのです。
季節によって劇的に表情を変える点も、このツタの大きな特徴です。4月の開幕直後はまだ冬枯れの茶色い蔓(つる)が剥き出しの状態で、レンガの赤褐色の肌がはっきりと見えています。しかし、気温が上昇する5月中旬から6月にかけて鮮やかな若葉が一気に芽吹き、7月から8月の真夏にはボールを丸ごと飲み込むほどの濃密なジャングルを形成。そしてポストシーズンが始まる10月には、葉が燃えるような真紅に紅葉し、息をのむ美しさを生み出します。マウンドから外野を見渡す今永昇太にとっても、この季節の色彩の変化は過酷なペナントレースを生き抜く精神的な指標となっています。