Aaa脱退メンバー3人の真相と現在|活動休止の裏側と再結成の行方
AAA(トリプル・エー)の歴史を語るうえで避けて通れないのが、初期メンバーとしてグループの黎明期・発展期を支えた後藤友香里、伊藤千晃、そしてリーダーを務めた浦田直也の3名の脱退劇です。それぞれの決断は、グループの音楽性やメンバー間の人間関係、そしてファンコミュニティに決定的な影響を及ぼしました。
1. 後藤友香里(2007年脱退):突如の体調急変と道半ばの決断
2005年9月のデビュー時、AAAは男子5名・女子3名の計8人体制でスタートを切りました。その紅一点のひとりとして卓越した新体操の実績(全日本ジュニア新体操選手権大会での優勝経験)を武器にアクロバットを担っていたのが、後藤友香里でした。
しかし、デビューからわずか2年弱が経過した2007年5月、主演舞台『美味學院(デリシャスガクイン)』の公演期間中に突如として降板。続く6月に「機能性血流障害」の診断を受け、激しい運動を伴うダンスパフォーマンスの継続が困難となったことから、治療に専念するためグループを脱退することが公式発表されました。
当時の関係者証言によると、年間100本を超える過密なライブ・イベント出演、新曲リリースに伴うハードなリハーサルが重なり、若年期のアスリート出身者特有の過度な肉体的負荷が限界に達していたとされています。脱退発表時の本人のコメントには「悔しくてたまらない」という無念が滲んでおり、不仲や方向性の違いではなく、純粋に医学的・体調面での不可抗力による離脱であったことが記録されています。
2. 伊藤千晃(2017年脱退):初のドーム公演直後の電撃婚と「母になる決意」
後藤の脱退後、宇野実彩子とともに女性ボーカル&パフォーマーとして絶大な人気を博した伊藤千晃の脱退は、グループが結成11年目にして初の単独東京ドーム公演を大成功させた直後の出来事でした。
2017年1月12日、伊藤は40代の実業家男性との結婚、ならびに妊娠3ヶ月であることを電撃発表。同年3月末をもってAAAを卒業・脱退することを表明しました。公式ファンクラブサイトに寄せられた直筆メッセージでは、以下のような本音が吐露されていました。
「AAAとして走り続けてきた12年間は私の誇りです。しかし、母となる新たな命を授かった今、どちらも中途半端にすることはできないと深く悩み、グループ活動から身を引く決断をいたしました」
この発表はファンのみならず音楽業界全体に激震を走らせました。ドームツアーを恒例化させ、さらなる高みを目指す過渡期だっただけに、SNS上では「なぜ今なのか」という動揺が広がりました。しかし、過酷なアリーナ・ドーム級のツアーを妊娠・出産・育児と並行してこなすことは肉体的・スケジュール的に不可能に近く、彼女自身が女性としての人生の優先順位を熟慮した末の苦渋の選択でした。
3. 浦田直也(2019年脱退):グループの支柱を揺るがした事件と引責
グループにとって最大の試練となったのが、結成以来リーダーとして屋台骨を支え、抜群の歌唱力でメインボーカルを張っていた浦田直也の離脱劇です。
2019年4月19日未明、東京都内のコンビニエンスストアにおいて、酒に酔った状態で面識のない女性に声をかけ、断られたことに激高して頬を平手打ちしたとして、暴行容疑で警視庁に逮捕されました。翌21日に開かれた緊急記者会見では、黒髪・黒スーツ姿で深々と頭を下げたものの、「酒に酔っていて当時の記憶が一切ない」と繰り返した対応が世論の厳しい批判を浴びることとなりました。
その後、被害者との示談が成立し不起訴処分となったものの、所属事務所のエイベックス・マネジメントは浦田に対して「無期限謹慎処分」を下しました。残されたメンバー5人は急遽体制を立て直し、同年夏からの全国アリーナツアー『AAA FAN MEETING ARENA TOUR 2019 〜FAN FUN FAN〜』を4人・5人編成で完走。そして謹慎期間が8ヶ月に及んだ2019年12月31日、浦田本人の申し出により、グループからの脱退が正式発表されました。
自らの過ちでメンバーや関係者に多大な損害を与えたことに対する引責であり、事実上の追放に近い形でのグループ離脱という、極めて重い幕引きとなりました。