シンドラー社は現在どうなった?日本撤退の真相と世界巨頭の全貌
シンドラー社の名を日本社会へ強烈に刻みつけることになったのが、2006年6月3日に東京都港区の公共住宅「シティハイツ竹芝」で発生した高校生死亡事故です。扉が開いたままエレベーターが突如上昇し、自転車とともに降りようとしていた男子高校生(当時16歳)が挟まれて尊い命を落としました。
事故直後、捜査当局や国土交通省による徹底的な調査が行われ、エレベーター死亡事故の原因として浮き彫りになったのは、機械式ブレーキの著しい摩耗や制御回路の設計上の問題、そして保守管理体制の深刻な不備でした。ブレーキのライニング(摩擦材)が限界を超えてすり減っていたにもかかわらず適切な部品交換が行われておらず、二重三重の安全チェックが機能不全に陥っていたのです。
この惨劇を巡る刑事裁判は長期化しました。東京地裁および東京高裁での審理を経て、エレベーターの保守点検を請け負っていた保守会社の元役員らに業務上過失致死罪で有罪判決が下されたほか、シンドラー社の旧日本法人幹部に対しても設計・安全管理責任を問う法廷闘争が続きました。最終的なシンドラーエレベータの判決や民事上の和解を経て、企業としての法的責任や遺族への補償問題には一定の区切りがつけられましたが、日本の昇降機安全基準(建築基準法施行令の改正による「戸開走行保護装置」の義務付けなど)を根底から変える重大な事件となりました。