白豪主義とは?豪州が白人優先から多文化社会へ大転換した真相
Q1:白豪主義を完全に廃止した当時の首相は誰ですか?
A1:白豪主義の完全廃止を断行したのは、1972年に就任したゴフ・ウィットラム首相(労働党)です。1973年に人種に基づく移民選別を公式に撤廃し、1975年には「人種差別禁止法」を成立させました。なお、それに先立ち1966年に大幅な規制緩和を行ったハロルド・ホルト首相も重要なキーパーソンです。
Q2:中学や高校の歴史テストで問われやすい重要ポイントは?
A2:定期テストや入試では、「1901年のオーストラリア連邦成立とともに法制化されたこと」「アジア系など有色人種を排除した政策であること」「第二次世界大戦後の1970年代に撤廃され、現在の『多文化主義』へと転換したこと」の3点が最頻出のポイントです。
Q3:白豪主義の時代、日本人の移住や滞在はどう扱われていましたか?
A3:白豪主義のもとでは日本人移民も厳しく制限されました。19世紀末には真珠採取ダイバーやサトウキビ労働者として多くの日本人が渡航していましたが、1901年の移民制限法以降は新規の定住が不可能となりました。さらに第二次世界大戦中には、現地在住の日本人が敵性外国人として強制収容されるなど、厳しい弾圧の対象となりました。