黒田官兵衛の愛刀「安宅切」の由来と逸話|名刀の真相と展示情報
三好家の興亡のなかで生まれた安宅切が、どのような経路をたどって黒田官兵衛(如水)のもとへと渡ったのか――その詳細な伝来ルートには歴史ロマンが満ちています。
三好家が織田信長によって衰退させられた後、畿内の重宝は織田信長や豊臣秀吉の配下へと流出しました。播磨の知将として織田・豊臣政権の中枢へと駆け上がった黒田官兵衛は、数々の武功や外交交渉の恩賞として名刀を拝領する機会に恵まれました。安宅切もその過程で官兵衛の佩刀となり、常に身近に置かれる愛刀となったと伝えられています。
官兵衛から嫡男・黒田長政へと受け継がれた黒田家は、筑前福岡52万石の大名家として確固たる地位を築きます。江戸時代を通じて、安宅切は黒田家の正史『黒田家譜』や刀剣台帳に厳重に記録され、藩主家の威信を示す「黒田家名宝」の重要資産として大切に蔵に納められ続けました。
明治維新による大名社会の崩壊や、第二次世界大戦後の混乱期を経ても海外や散逸の憂き目に遭うことなく、昭和後期に黒田家から福岡市へ一括寄贈されたことで、現在も完璧な保存状態で私たちにその姿を見せてくれています。