遠野なぎこ、インスタが映し出す「痛々しさ」と「救い」の境界線。なぜ私たちは彼女の言葉に目を背けられないのか?
彼女がインスタを更新するたび、主要なスポーツ紙やネットメディアはこぞって記事にする。アクセス数が稼げるからだ。彼女の過激な発言やエモーショナルな告白は、格好のコンテンツとして消費されている。メディアは彼女の苦悩をエンターテインメントに仕立て上げ、読者はそれを野次馬根性で眺める。
この構造に、彼女自身も時に怒りを露わにする。しかし、発信をやめることはない。批判され、晒されながらも、彼女は書く。それは、沈黙することこそが、彼女にとっての「精神的な死」を意味するからかもしれない。