なぜ村上屋餅店は連日大行列なのか?発祥のづんだ餅と混雑回避法
一般的に「ずんだ」と表記されることの多い枝豆餡ですが、村上屋餅店では一貫して「づんだ餅」の表記を守り続けています。このこだわりこそ、同店が歩んできた歴史的アイデンティティの表れです。
づんだ餅発祥の歴史と経緯を紐解くと、その起源は江戸時代初期、仙台藩祖・伊達政宗公の時代にまで遡ります。合戦の陣中において、甚太(じんた)という名の農民が枝豆を陣太刀の柄で潰して餅と和えて献上したところ、政宗公が大いに賞賛したことから「じんた餅」「づんだ餅」と呼ばれるようになったという伝承が残されています。
明治10年、伊達藩の御用菓子司の流れを汲む形で創業した村上屋餅店は、それまで各家庭の郷土料理や農村の保存食的扱いだったづんだ餅を、洗練された和菓子へと昇華させて販売を始めました。近代において「商品としてのづんだ餅」を確立したパイオニアとして、全国にその名を轟かせる礎を築いたのです。
同店の仕込み作業は、今なお職人の五感に頼る過酷な手作業です。厳選された枝豆の薄皮を粒ごとに手作業で丁寧に取り除き、すり鉢で絶妙な粗さにすり潰します。豆の青臭さを完全に抜き去りつつ、鮮やかな若草色と爽やかな芳香だけを凝縮させる技術は、代々の店主が口伝と感覚で受け継いできた無形の財産といえます。