芥川龍之介『鼻』はなぜ短くなっても嘲笑されたか?結末の教訓と真相

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当時、東京帝国大学英文科の学生であった芥川龍之介の名を一夜にして文壇に轟かせた契機が、大文豪・夏目漱石からの激賞でした。『鼻』は1916年(大正5年)2月、同人誌『新思潮』(第4次)の創刊号に掲載されました。これを読んだ漱石は、同年2月19日付の手紙で芥川と久米正雄に宛てて、異例とも言える熱烈な賛辞を送っています。

漱石の手紙には、次のような言葉が記されていました。

「あなたのものは大変面白いと思います。落ち着きがあって、洒落気があって、そうして上品な趣きがあります。材料が非常に新しい。文章が整って立ち上がっています。感心しました」
「あの調子で十編ばかりお書きなさい。文壇で比類のない作家になれます」

なぜ漱石はこれほどまでに熱狂したのでしょうか。当時の日本文壇の主流は、日露戦争以降に台頭した「自然主義文学」でした。作家自身の生々しい性欲や私生活の恥部、暗い告白を赤裸々に暴露することがリアリズムだと信じられていた時代です。多くの作品が陰鬱で主観的な独白に偏重していました。

そうした風潮の中で登場した芥川の『鼻』は、古典説話に材を取りながら、客観的で理知的な語り口、ユーモアとアイロニーに富んだ文体、そして理路整然と構築された心理分析を備えていました。漱石が求めていた「知性と洗練を備えた新しい近代文学」の理想形が、無名の学生の手によって完璧に体現されていたのです。漱石の推薦を得た芥川は、一躍新進気鋭の作家として華々しいスタートを切ることとなりました。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

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