コペルニクス地動説の真相|なぜ臨終に出版?天動説との決定打を徹底解明

コペルニクス地動説の真相|なぜ臨終に出版?天動説との決定打を徹底解明についての疑問解決ガイドをお届けします。

「コペルニクスは地動説を唱えて宗教裁判にかけられた」という言説は、歴史的事実として明白な誤りです。コペルニクス自身は生涯を通じて教会から弾圧されることはなく、むしろ聖職者として平穏に天寿を全うしました。では、なぜ「地動説=死刑・弾圧」というイメージが定着したのでしょうか。そこにはジョルダーノ・ブルーノとガリレオ・ガリレイという2人の存在が深く関わっています。

1600年にローマのカンポ・デ・フィオーリ広場で火刑に処された哲学者ジョルダーノ・ブルーノは、地動説を信奉していたことで有名です。しかし、彼が異端審問で死刑宣告を受けた直接の原因は、天文学の理論そのものではなく、「宇宙は無限であり、無数の世界と生命が存在する」「キリストの神性の否定」「三位一体論の拒否」といった神学上の重大な異端教義を頑なに撤回しなかったためでした。

一方、コペルニクスの死から約70年後の1616年、カトリック教会(教皇庁)は突如として『天球の回転について』を禁書目録に指定します。この背景には、プロテスタントに対抗して教義統制を強めていた対抗宗教改革期の引き締め策がありました。そして1632年に『天文対話』を刊行し、自作の望遠鏡による観測証拠(木星の衛星、金星の満ち欠けなど)をもとに地動説の絶対的正しさを主張したガリレオ・ガリレイこそが、1633年の第2回宗教裁判で「地動説の放棄」を強制された張本人だったのです。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。