Pl教団が「やばい」と囁かれる真相|激減した信者と崩壊の危機
ネット上の掲示板や知恵袋、SNS上では、元信者や宗教2世による告白が多数投稿されています。PL教団の教理は元来、大正時代に立教された神道系仏教の流れを汲むひとのみち教団を母体とし、「人生は芸術である」という第1条で知られる「PL処世訓21カ条」を掲げています。個人の自己表現を奨励し、日常生活の苦難を神からのメッセージ「みしらせ」と解釈して自己反省を促す教えは、昭和期の高度経済成長期においてサラリーマンや自営業者に広く受け入れられました。
しかし、信者の内情に深く踏み込むと、爽やかなイメージとはかけ離れた閉鎖的な負担構造が浮き彫りになります。
「子供の頃、家族で毎月教会の参拝に通っていましたが、病気や事故が起きるたびに『神様からのミシラセだ。お詫びと感謝の献金が足りない』と諭されました。母はパート代の多くを『祖霊感謝』や『真訓(おふく)」のお布施に注ぎ込み、高校進学の際には学費の工面に苦しみました」(関西在住・40代元信者2世の証言)
高知地裁で下された1139万円の賠償命令判決でも明らかになったように、信者の不幸や病気につけ込み、「献金をしなければ家系に災いが続く」と心理的に追い詰めて多額の資金を拠出させる手法は、一部の分教会で常態化していたと指摘されています。一般的に「お布施の金額は自由」と説明されながらも、霊的救済や組織内の地位維持をちらつかせ、数百万円単位の拠出を迫られる事例が裁判記録にも残されています。
また、かつて全寮制を敷いていたPL学園の生徒たちにとっても、教団の規律は絶対的なものでした。野球部員の暴力問題が取り沙汰された際、単なる体育会系の上下関係だけでなく、教団の神聖視された階級意識や、教祖の健康祈願のために過酷な生活を強いられる宗教的プレッシャーが、歪んだ閉鎖空間を生み出す土壌になっていたと指摘するOBの手記も存在します。