錣山親方・寺尾の波乱万丈な生涯|土俵の貴公子が遺した魂の軌跡
2002年9月場所を最後に40歳で現役を引退した寺尾は、年寄・錣山(しころやま)を襲名。2004年には井筒部屋から独立し、東京都江東区に「錣山部屋」を創設しました。
指導者としての錣山親方は、相撲の技術向上だけでなく、社会人としての礼儀や品格を徹底して重んじる「人間教育」を貫きました。その結晶となったのが、弟子である関脇・阿炎(あび)の成長です。
阿炎が若手時代に不祥事により出場停止処分を受けた際、錣山親方は自身も監督責任として処分を受け止めつつ、決して弟子を見捨てませんでした。「失敗した人間を切り捨てるのではなく、やり直すチャンスを与えて育てるのが師匠の役目」と語り、二人三脚で再起を図りました。その結果、阿炎は2026年11月場所で悲願の幕内最高優勝を達成。賜杯を手にした愛弟子の姿に、親方は病床から涙を流して喜んだと伝えられています。