新井宏昌の現在とイチロー育成の真相|娘婿・稲垣啓太との絆まで徹底解説
指導者や文化人としての側面に脚光が当たりがちですが、選手としての新井宏昌が残した実績は球史に刻まれるべき超一流の数字です。PL学園高校から法政大学を経て、1974年ドラフト2位で南海ホークスに入団。1986年に近鉄バファローズへ移籍すると、翌1987年には打率.366で首位打者を獲得し、1989年の近鉄リーグ優勝(伝説の10.19の翌年)でも中心打者として打線を牽引しました。
1992年には史上26人目となる通算2000本安打を達成。実働18年で積み上げた通算安打数は2038本、通算打率は.291に達します。そして新井の打撃を語る上で最も特筆すべきは、歴代の安打製造機たちと比較しても突出して低い「三振の少なさ」です。
通算7001打数を記録しながら三振数は500に届かない「494三振」。シーズン最少三振の記録を複数回更新するなど、投球の軌道にバットを最短距離で入れるスイングスピードと動体視力は、昭和・平成の日本球界において唯一無二の領域に達していました。